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| 2006.10 kazu |
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転機
時は2000年。パパとは学生の頃からのおつき合いで7年の交際を経て結婚。 いわゆるデキ婚です。・・とは言ってもショウタが出来る半年前から結婚話は浮上していたから、出産&結婚に迷いはなかったけど。心配だったのは、検査薬を使う前日までパパとタイへバカンス。モーターボートやらパラセイリングなんかのマリンスポーツ三昧の四泊五日。少しはニンシンに気付けよ・・・て?(笑)確かに生理は遅れていたけど、いわゆるつわりの具合の悪さを私はてっきりタイの気候のせいにしていたのでした。初診の時にその旨を話したら「リスクを負う出産となるのは仕方ないんじゃないですか?」みたいな脅し文句を言われた記憶アリ。確かにそんな話をされたところで無事生まれてこれるかなんて保証はできないでしょうが、ただでさえ突然の妊娠で動揺を隠しきれなかった私にとってキツイお言葉。今思えば初産婦さんに対してそんな不安感を抱かせたセリフ。とんでもない先生です。(もちろん病院は変えてます)そんなわけで、妊娠発覚から、およそ二ヶ月後には挙式、七ヶ月後にショウタ出産・・へと2000年は私&パパにとって大きな転機でありました!ちなみにリスクを負う出産どころか、ふつうに安産だったし今となれば普通の子供の2倍くらい体力あるんじゃないかっていう位、元気いっぱいの男の子♪
結婚の時期で唯一悔いが残るのは、 一番綺麗な時にウェディングドレスを着れなかったこと(だって今より、体重+10キロ位の花嫁。)妊婦さん特有の美しさはあるけれど、ウェディングドレスはやはり痩せている時に着たいもの。体型カバー第一優先で、本当に着たいデザインのものは着れなかったものね。
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ふるさと
少し余談で話を過去に戻します。
パパと私の実家の距離は徒歩五分圏内の目と鼻の先。しかしながら幼馴染みという間柄ではなく(よくそう聞かれる)近所のコンビニバイトで知り合いました。パパは高校二年の時に引っ越してきたとのこと。ちなみにパパは今の実家の日野市に落ち着くまで、いわゆる転勤族家庭で転々としてきたらしいです。私は生まれも育ちも根っからのピノっ子で27年もの間あの地を離れることなく、おまけに親にもパラサイトし続けた身。付き合ってる頃からパパにはよくイモ扱いされてたもんです。でもそんなパパだって10年も住めば片足どころか腰までつかっているのにね。確かに私が子供の頃あの辺は野っ原状態で、お家の窓には蛇がへばりついていた程のすさまじい田舎でした。今でも忘れないけど、隣のビニールハウスにいるおじいちゃんに助けを求めたら『じいちゃんは蛇年だから蛇なんて恐くないぞ〜っ』って根拠のない言葉&首にまで巻き付けていたっけ・・(笑)茶目っ気たっぷりのおじいちゃんは今年で91歳、今も健在です♪『蛇年は金に苦労しないぞ』ってそんな長寿のおじいちゃんが言うから妙に説得力あるんだけどちなみにショウタが蛇年。・・大いに期待!
そんな蛇だのムササビ?だの出ていた日野も、私が10代頃から区画整理が始まり、今や新興住宅地に一変。多摩都市モノレールも通りとても便利な町となりました。昨年はNHKの大河ドラマ「新撰組」
でも一躍スポットを浴びていたご様子(歴史には私興味も知識もないのですが、どうやら御先祖様を辿っていくとうちの息子たちにも少なからずや土方歳三の血が流れているんだとか)
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タイムスリップ
実家近辺がようやくそんな進化を遂げた頃、私たちは結婚。そしてこの地を離れたのですが、新居は「パパの通勤に便利・今後の貯金を考えキビしくも家賃は八万円台に押さえる・実家には近すぎず遠すぎず・・」の以上三点を条件に置くと殆ど撰ぶ余地はありませんでした。それらを満たしていた物件が川崎多摩区にある築10年の2DKの二階建てアパート。今まで生活の面では我慢を強いられることなく育ってきてしまった私にとっては不満の多い新居でありました。まず気に入らなかったのが浄水場に面した通り沿いに建っていた為、浄水場を囲う高い塀が妙に圧迫感があり、見通しが悪く息苦しかった事!建物に関して言えばアパートの玄関の扉を開けるなりいきなりキッチン。今どきの建物ならバリアーフリー設計当たり前だけど、なぜか玄関先から家に上がり込むその段差が50〜60センチはあった気がする・・・。ほんと、家に上がるたびに「よっこらせ・・と」
と言葉を漏らしていた・・(笑) そしてなぜか。やっぱりこのアパートの隣にもビニールハウスがあるぅうう!!初めての物件探し&挙式準備との並行に少々パニクり気味で周囲まで見なかった私、住んでからよくよくアパート周辺を視察してみると・・15年位前の私のふるさとの雰囲気にそっくりではありませんか。けして都会派とは言えないない私。パパにチクチク不満を言いながらも、潜在的には私自身こういう地を求めてしまってるのかも。
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新居購入&第二子出産
私たち家族の原点、川崎での生活はおよそ2年半。ショウタの成長と共に日々手狭になってゆくアパートから一大決心で 昨年の三月新居購入引っ越しへと至りました。カズを予定外に妊娠したのが一月だったから、今思えば出るにはちょうどよいタイミングでした。あそこで4人はとてもじゃないけど暮らせなかった!
しかし人間常に欲はつきもの。多少の妥協はあったものの納得して買ったはずの新居。今となっては不平不満もかなり多いのが正直なトコロ。
住んでみないと分からないことってたくさんありますね。
そしてもう一つここに住んで大きく変わったことは今の住まい、500世帯以上あるマンション。実に多くの方と接する機会が増えました。性格や職歴からいって狭&深の付き合いで生きてきた私にとって今までとは違う世界が開かれた一年目でもあったかな。
これだけ多くの方と関わるとメリットもたくさんありで地域情報の交換が何よりスムーズです。(時に情報が錯綜?)先輩ママや、幼稚園ママ、
多くのママたちの育児体験を聞きながら日々の子育ての参考にさせてもらっています♪
ちなみにカズは麻酔(和痛)分娩にて出産。一度あの陣痛を経験したのだから少しは楽したかったのが本音だけれど麻酔分娩と言えども出てくる時はやっぱり痛いのですね。出産の痛みは避けて通れない道であることがこれでよ〜く解りました。(麻酔(和痛)分娩考えてる方、でも自然よりは幾分楽デス)
アマガエルみたいな顔して生まれてきたカズに少々心配した私だったけど、今は「ん〜っもぅ可愛くて可愛くて食べちゃいたい☆」の一言に尽きます。ショウタも可愛いくてもちろん愛情は平等♪だけど、可愛さという意味での二人目は格別。三人目は孫のようっていうけど分かる気がするな。
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三男誕生&母子家庭?!
2005年夏、全く予定外の3人目、妊娠発覚。実は真剣に諦める事を悩んだ時間もありました。
リンがこの世に生命を受けることがなかったとしたら・・今は考えただけでゾッとしてしまう。
本当に生んでよかった!ママのもとへきてくれて有り難う☆☆☆
そんな風に心から感謝に満ちあふれ、感動を噛み締めた3度目のお産でした。
そんな待望の3男リンは、予定より2週間早い2006年4月1日に誕生。なんとも切りのいい時に出てきたリンリン♪(おかげでカズとは年子)しかしそんな安堵もつかの間、生後4日目に低体重&消化器系狭窄の疑いにて突然NICUに搬送されてしまう。2300gの小さな体に、体中たくさんの管を通された保育器の中のリン。おっぱいさえ直接あげることも出来ず入院中は母としても、とても辛く切ない時間。しかし一番大変なのはリンであり、ここで母がしょげてる場合ではない!そんなわけで、雨の日も風の日も嵐の日も(ってちょいオーバー?!)片道約1時間かけて毎日冷凍母乳を必死に届けた私。そんなママの愛情も届いたか、
2週間あまりで無事退院。検査結果も異常はなく一安心です☆しばらく実家里帰りの後、GW明けに帰宅。さあ改めて家族5人でスタートを切ろう!というその時、次なる事件は突然宣告されたパパの名古屋行き(転勤)でした。辞令から3週間も経たない今日、パパは単身で名古屋行っちゃってま〜す。いづれ私達母子も後を追う予定。(時期はまだ未定なり)
なにげに波乱万丈しちゃってる私達の未来はいかに・・・
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